「おれさまの名前は跡部景吾だ。おまえのなまえを聞いてやるよ。」

です。」

「はっ。」

「景ちゃん、ひとのことを鼻でわらっちゃいけないんだよ。」

「景ちゃんっていうなばか!」

「おこっても景ちゃんとしかいわないってきめたもの。」

「いまきめるなばか!」



ふ、と笑みが零れた。懐かしい思い出だ。





ショートする回路








今頃あいつはどうしているのかなんて、考えたところで答えを得られる訳もない。
一度しか会ったことが無いのだから覚えている方がおかしいのかもしれない。

それほど覚えさせているのは、きっと俺が少なくともあいつを忘れたくないからだ。

馬鹿馬鹿しいのは分かっている。



「外の空気でも吸うか。」


生徒会資料を重ねた上に眼鏡を置いて、生徒会室を後にした。
次期会長としての引き継ぎは大体が終わっている。来年からは部長と兼ねて会長になる。

来年は全国の舞台に立つ。屋上へのドアを開くノブに手をかけて開くのを留めた。
随分と大きな声で歌う馬鹿がいるもんだ。眉間に皺が寄るのが自分でも分かった。
溜息を落としてドアを開いた。





「・・何してんだよ。」


「・・どこかでお会いしましたか?」

「俺様のことを覚えてねえのは仕方ねえな。」


「はあ、あまり、というかほとんど。」


記憶が蘇るってのはこういうことか。ふわり、と香る花の匂いも、
髪の色も目の色も何も変わってはいないのに、あの頃とは何も同じなんかじゃなかった。

当然か。はっ、と自嘲の笑いが漏れた。



「もしかして跡部さんって、あなたのこと?」セミロングの髪が揺れた。

「俺だ。」


「写真とは随分変わっちゃった。」

ほら、と差し出した写真は幼い頃の俺とこいつが映っている。


「こんなんじゃ分かるわけねえだろうが。」

「お姉ちゃんが渡してくれたの。」


によく似た、ひとつ上の風紀委員長のことを考えた。なるほど、風紀委員長の引き継ぐ
後枠が埋まってねえのはそういうことか。のひとつ上の姉で男女共にその容
姿から人気のシスコン風紀委員長だ。いかにもシスコンのあいつがやりそうなことだ。

どうせのことだから妹を自分の手元においておきたかったに決まっている。



「俺のことを全く覚えてねーのか。」

「ちょっとだけ、覚えてるはずだよ。」


「結局覚えてねーんじゃねえか。」ふふ、とが笑った。


「でもこうしてお話したのはきちんと覚えてるよ。」

「俺様のことも思い出せないのに?」

「ひどい。そんなに景ちゃんって呼んでほしいの?」


平然と言ってのけるの目を見ることが出来なかった。反射的に逸らしてしまった。


「覚えてんじゃねーか。」

「景ちゃんがいじわるしたことは絶対忘れないもの。」

「んなもん覚えてねーよ。」

「私のことは覚えてるのに?」


うるせえ馬鹿。頭に手をのせて、思い切りくしゃくしゃにする。わあわあと騒ぐを見て、
自然と笑みが零れた。








「景ちゃん、あのね。」

「なんだよ。」

「わたしオーストリアにいくの。ピアノのがっこうにかようんだよ。」



「あいかわらずはなしがぶっとんでるな、おまえのところは。」

「だから景ちゃんとはもうばいばいなんだよ。」

「ばかじゃねーのおまえ。」

「どうして?」

「おまえはおれさまにあいたくねえのかよ。」

「またあいたい。」

「なら、ばいばいじゃねーよ。」

「ちがうの?」

「あいたいと思えばいつだってあえるんだよ。」

「そっか、そうだね。わたし、じゃあむこうに行っても景ちゃんにあいたいっておもっておくね。」

「帰ってきたら、いいことおしえてやるよ。」

「いいことって?なに?いまおしえてよ。」

「だめだ。おしえてほしかったら、かえってこいよ。」

「じゃあ、ぜったい、かえってくるね。」






、いいこと教えてやる。」

「いいこと?」

「帰って来たら、の約束だろうが。」

「何?」


長い間の空白はもうすぐで終わる。そうすれば、物語はやっと始まるのだ。





2012.4.22