屋上に出た。誰もいないところだということを確認して、踞った。 思い出しただけで胸の奥がズキズキ痛む。期待させないで欲しかった。 なんて期待したのは私なのに。 自分の馬鹿さ加減に笑いすらも感じて、涙と共に吐き出した。握り締め た右手の爪が赤い半弧を描いた跡をつくる。 「馬鹿みたい」呟いた言葉が虚しく消える。 「何がやねん」低い声が頭上から落ちる。 急いで涙を拭って上を見た。ハシゴの隣から顔だけがちょこんと出ていた。 知ってる。あいつと同じテニス部の2年の子だ。名前は確か財前光。 「何が馬鹿や」 「い、いつからいたの」 「始めからおった」 「どこまで聞いた?」 「全部聞いた」 恥ずかしさが増しているところだけど、それどころではなかった。 失恋の傷は恥ずかしさを勝るものらしい。また膝を抱えて俯いた。 財前くんはまだ私を見ていた。 「何で泣くん」 「何でって、悲しいからでしょ」 「その人が付き合いはじめただけなんやろ」 「だけ、じゃないよ」 そうだ。私はあの馬鹿みたいな謙也に恋していた。大好きだった。 謙也と私は仲が良かったと思っている。でも謙也には只の女友達 としか私は映らなかったのだ。そして謙也は私の気持ちを知るはず もなくついにとうとう彼女をつくってしまった。 その子に非などないけれどこういう時は恨めしく思ってしまう。 こんなの私じゃない。でもあの子は普通だ。可愛いわけでもなく 不細工なわけでもない。並だ。大して目立たない。そんな人なのに。 ダメだ。知らない人のことを悪く言っちゃいけない。 また涙が溢れた。 「先輩はその人さんに好きって言うたん?」 「言っ、てないよ、言えるわけない」 とん、と音がして目を向けると財前光が私の隣に立っていた。 「彼女がおるから告ったらあかんなんてルールないやろ。」 「でも、振られることわかってるから」 袖でごしごしと目をこすった。痛い。 「掻くなや」財前くんは私の腕を掴んだ。 「赤くなるやろ。やめといたら」ただそれだけ呟いて、私の隣に座った。 「なんで見ず知らずの私に優しくするの」 「別に優しくしてない」財前くんはぶっきらぼうに言った。 「泣けばええやろ」 「なに、」 「そんなに悲しかったら泣けばええやんか。堪えんな。」 財前くんの一言で私が必死に抑えつけていたものが切れた。 ぽろぽろとしか流れなかった涙が絶えず流れる。うっ、という 嗚咽が堪えられなかった。財前くんは黙って私の隣に座っていてくれる。 しばらくして泣き止んだ私を見て、彼は立ち上がった。 「そろそろ部活やから行くわ。」 「ん、あの、ごめんね」 「ちがうやろ」 「…ありがとう」 「じゃあな先輩」 ふっと笑って去った財前くんの姿が焼き付いて離れない。 2011.9.05 |