昨日を思い出すとまだ胸が痛かった。でも昨日よりかは随分マシだった。
きっと財前くんがいたお陰。しかし今日も学校に行かなければならない。
憂鬱だった。私は勝手に傷ついた。謙也には関係ない。そんなこと分か
っていても、謙也を見たらどうすればいいのか分からない。
なんてごちゃごちゃ考えていたけれど、いざ学校に着くと驚くほどに
落ち着いていた。



「おー!おはよう

「おはよ謙也」

普通に会話ができる。馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿。気付いてよ。
私は謙也が好きだったんだよ。分かってよ。
私は昨日悲しくてずっと泣いたんだよ。
謙也はずっと一緒に居るでしょう?分からないの?

大声で叫びたかった。
ポーカーフェイスを取り繕って衝動を堪える。


「おはよう

「おはよう蔵」

「…なあ、何かあったんか」

「なんで、」

「なんか、いつもと違うで

「違わないけど、」

「…今は聞かんとく。せやけど言いたくなったら言いや」

「・・・・・・うん」

一層悲しさが増した。何で謙也が分からずに蔵が分かるのよ。
何で、あんなやつ好きだったんだろ。吹っ切れない私も私だ。
私の気持ちなんて知らずに友達と笑い合う謙也を私は見ること
が出来なかった。













謙也のことを考えていたら、また屋上に来ていた。財前くんに会える
なんて考えてなかった。彼が目当てではなかった。けれど、彼がまた
隣に座ってくれることを期待していたのかもしれない。
ガチャン、ノブを回すと金具の擦れる音がして空が広がった。
上靴を一歩踏み出す。昼休みだというのに珍しく人がいなかった。
やっぱり、昨日を期待している。梯子にかけられた足がその証拠だ。

梯子から顔を出して見たが、財前くんはいなかった。期待し過ぎだ。
二酸化炭素を一息に吐き出して梯子から飛び降りた。
トンと上靴の乾いた音がして、爪先にじわりと痛みが広がった。


「いたい。」

「あほやな先輩」期待していたあの声に振り向く。

「財前くん」

「何してんの先輩」

「財前くんを待ってた」嘘じゃない。期待していたんだから。

「へえ、もう失恋の傷は癒えたんや」財前くんがにやりと笑った。

「癒えてない。」

「ふうん。」

「ねえ、私の名前どうして知ってたわけ」

「名札。」

「あ」

「ぷっ」

「私今ぐらついてる」

「何に」

「好きでいたい気持ちと、いたくない気持ち」

「・・・・そ、」

そう言うといかにも不愉快な気分だという顔をして財前くんは
背中を見せた。私なんて気にもせずに。待ってよ、ねえ、違うの。
昨日みたいに隣に座って欲しかっただけ。また言えなかった。
私は馬鹿だ。









2011.9.5