「財前、くん」名前を呼ばれて振り返ったら先輩がおった。


「おはよう。遅かった?」初めて見た私服姿。




「別に、俺も今来たとこなんで」


「嘘!さっきいたよね?」

「せやけど。ほな何で30分前に来うへんねん」

「だってさっきは人違いだと思ったし、早く来て、楽しみアピールみたいなことしても気持ち悪いから引かれると思ったんだけど」



もごもご言い始める先輩を他所にすたすた歩き始める。
優しく歩幅を合わせてやれる余裕なんか今の俺にはないから、

ただ歩いて、

立ち止まって

を繰り返した。



「財前くんどこ行くの?」

「決まってへん。強いて言うならCDショップ」

「それ決まってるって言うんだよ」

「先輩うるさい」


くすくす後ろで先輩が笑う。駅前の大通りを歩いて目的地に向かった。後ろから鳴るブーツのかかとが地面を打つ音が速くなる。ちょっと歩くの、早かったかも知れん。



「ここ」

「案外おっきいんだ」

「来たことないん?」

「だって家の近所にTSUTAYAあるし」

「あー、家あの辺なんや」

「そう。ほら、隣にマンションあるでしょ?あそこの7階」

「別に詳しく聞いてへんけど」


「ひどい」


CDショップに入って、適当に見て回る。今日の目的は昨日発売したCDやったから、
一直線に向かった。先輩は先輩で、そこらのアルバムを手にとって見たりしながら俺の元にゆっくり歩いた。




「あ!知ってるよそれ!」

「好きなん?」

「大好き!持ってる!」へえ、と笑った。


「買うの?」

「貸してくれんの?」

「買いなよ」

「言うと思いましたわ」レジに持って行って会計を済ませる。
先輩は俺の後ろをちょこちょこ歩いて回った。黄色い袋を持って先輩の背中を叩く。


「先輩行きたいとこある?」

「ううん」

「ふうん」

「あ、じゃああっち行きたい」

「ほな行ってもええけど」

「素直に行こうって、言ってよ」

俺の前を楽しそうに歩く先輩がおもろすぎて。今はきっと謙也さんのことが頭にないやろうなあ、と考えてしまう俺が卑怯すぎるかもしれへんくて。





でも、先輩が笑えるんなら、俺は卑怯な奴でいい。








「いっぱい回ったね!」

「疲れた」

「ほんとに」

「そろそろ帰らな。送りますわ」

「いいよ別に!「黙って」・・はい」






ずっと思ってたことがある。いや、これはもう初めからそうやったと分かってる。
先輩は俺を後輩としか見てへんということ。


先輩が、俺を好きになってくれるんなら。
それは何と幸せなことか。

でもそれは無理やろう?俺は先輩の10分の1も知らんから。先輩の中には、まだあの人がおるか、とか。


「あー、ほらあっちなの私の家」

「へえ」


先輩も俺の10分の1も知らん。
焦らんでええと、思い続けた。焦らんでも、誰も何もせえへんと、自分に言い聞かせた。
そんなんは、分かってる。だから、このまま、いつか、という人が俺を好きになればいいと思ってる。けど、



「・・・なあ先輩。


 俺、やっぱり先輩が好きなんやわ」


「……え?」

「本気って、言うたやろ?」

「じゃあまた明日な」ひらりと背を向けて歩き出す。





けど、先輩の中にあの人が、ちょっとでも居んのか気になって。

こうやって先輩に網かけるようなことをする俺はやっぱり卑怯かもしれん。





2012.03.04