幸村を傷つけた。「私を見てなかった」なんて一方的すぎるよね。ごめんなさい。
でもね、きっとこれでよかったの。自分に言い聞かせるように、呟いた。学校から、
幸村から離れるように早足で家への道を歩く。でも、頭に浮かぶのは幸村の顔ばかり。
どうして。どうして。あの日から、こんな気持ちはなくしたはずなのに。苦しい。


「っう、」


涙を堪えるために唇をかんだ。だけど、涙が溢れて止まらなかった。立ち止まって溢れる涙を袖で拭った。


「…?」


不意に声を掛けられて、振り向く。幼馴染みの顔がそこにあった。


「れ、んじくん。」

「何か、あったのか?」

「っ、う」

「場所を変えよう、。」蓮二くんが手を引いてくれる。
きっと彼は全て分かっているのだ。ごめんね、ありがとうと言いたかったのに声にならなかった。
胸が苦しい。少し歩いた先の公園のベンチに蓮二くんが私を座らせる。
それから蓮二くんも私の隣に座った。

「話したくないなら話さなくていい。」大きな手が私の頭を撫でた。蓮二くんはいつも優しい。
まだ涙が止まらなくて、まともに声が出ない。

、」

「…蓮二くん、は全部、知ってる、んでしょ、う?」

途切れ途切れに吐き出した言葉に彼の顔がぴく、と動いた。

「分かってて、追いかけてきて、くれたんだよね、」

「精市も、泣いていた。」

「……幸村が、泣いてた?」

「あぁ。」

「…私が傷つけたもんね」
くしゃり、とスカートを握る。


「……精市はを分かっていなかったのか?」


蓮二くんの言葉がずっと閉じ込めていた「あの日」を蘇らせた。胸が苦しくなって目を閉じる。


「理由が、あるのだろう。」


「…………あのね、」

















あの日、私は教室に忘れ物をして取りに戻った。教室の近くまで来ると話し声がして、
私はその声が幸村のものだと分かった。もうひとつは幸村の友達。幸村が私の話をしてる。
私は教室に入る勇気がなくて、隠れたんだ。見えないように。


「なあ、幸村最近、あのと仲良いよな。」

「そうかな」

「付き合ってるって噂もある位だぜ」心臓がどきっと跳ねた。

とはただの友達だよ。…それに俺とは世界が違いすぎる」

「さすがの幸村でもあの天才には手が届かないか」

聞きたくない言葉だった。気付いたら私は走り出してて、無性に胸が苦しくなった。


世界が違う。


私が、勉強するたび、運動をするたびに言われた言葉。…世界で一番、大嫌いな、言葉。
幸村は分かってくれてると思ってたのに。幸村は私のこと、わかってくれてると思ってた。
私の、思い込みだったんだ。幸村も、他の人と変わりない。ばかみたい、苦々しく呟いて『好き』を心の奥に仕舞い込んだ。
目から涙がどうして零れるのか、分からないまま目を閉じた。

















「…下らない、よね」

「昔から言っていたな、そう言われるのが嫌いだと」 人生であの日が一番嫌い。
大好きな人に、大嫌いな言葉を言われたあの日が。

「後悔はないのか」

「後悔しても意味がないから」いつのまにか涙が枯れていた。

「蓮二くんともお別れだね」

「ああ、高校は外部へ行くのだったな。」

「うん。」

「元気でな。」

「蓮二くんも」

「じゃあ、俺はそろそろ行こう」


「ありがとう。聞いてくれてちょっと落ち着いた」

「気にするな」

ふっと微笑んで背中を向ける。蓮二くんのこういうところが好きだった。彼を好きになれればよかったのに。
そんなことを考えたところで私の中には幸村精市という人物以外に入らないのに。ばかみたい、少し笑って呟いた。
幸村、すきだったよ。
誰も居なくなった公園から春の匂いがふわりと流れた。


















懐かしい道を歩く。中学をここで過ごした。楽しい思い出も苦い思い出も全部詰まった場所。
はどこでどうしているのだろう。俺は大人になって2年がたった。はあの日からずっと頭の片隅にあり続けた。
あの後、柳から全てを聞かされた。周囲に知られるのが恥ずかしくて、言ったことがを傷つけていたなんて知らなかった。
今となってはもう遅いことだけれど。

、遅いよ。」 不意に聞こえたその名前に反応する。

「ごめんなさい、ちょっと迷っちゃった」

パタパタと女性が俺の隣を過ぎて男性の隣に並んだ。腕を組んで歩き出す。懐かしい記憶がフラッシュバックする。
俺はどうしてもその女性から目を話すことができなかった。










2011.8.07