不意に見た悪夢のせいで目が覚めた。謙也が私の事を忘れてしまう夢。首を触ると汗が吹き出していた。今、日本は何時なのかな。ようやく慣れたイギリスの生活。あの時はまさか私がイギリスに来るなんて思ってなかった。謙也にイギリスに行きたいって言ったとき、猛烈に反対されて喧嘩までした事を思い出した。がやりたいなら俺はそれを尊重する。そう言いながら子どもみたいに大泣きして見送ってくれた空港のこと。毎月一度送ってくれる写真がいっぱい入った手紙もずっと覚えてる。先々月からまだ届いてない。謙也はバイトしてて、忙しいのかもしれないね。
もしかしたら、夢の通りにもう私の事なんか忘れてちゃったのかも。イギリスに来た時から考えてた事なのに、頬を生温いものが伝った。仕方ないことなのに。枕を濡らして、大きな染みを作った。居てもたってもいられなくなってケータイの電話帳から謙也の名前を探す。時差は九時間くらいだからまだ起きてるはず。躊躇いもなく電話を掛けた。


「もしもし、謙也?」

「お、か」

「ごめんね、こんな時間に電話して」

「ええよ、何かあったんか?」

「…笑わない?」

「笑わへんわ。何なん?」

「怖い夢、見ちゃったんだよね」

「怖い夢?」

「謙也がね、私の事を忘れちゃう夢」

「あ、忘れとった」

「…け、謙也」

「なんてあり得るかあほ」

「…ばか!」




『「はやっぱり俺がおらんとあかんねんな」』





ケータイに当てた右耳と左耳で同じ声を捉えた。ベルが鳴る。


「謙也、ちょっと待ってて。」


謙也の返事も聴かないままに玄関に走った。がちゃりとドアを開けると目の前には謙也が居て、ケータイとキャリーを持って立っていた。


「俺もがおらんとあかんから来たわ」

何も言えずにただ立ち尽くすだけの私を謙也が笑う。



「来たらあかんかった?」


謙也より頭ひとつかふたつ分も下にある私の頭を撫でた。返事の代わりに謙也に抱きついて私も笑う。



「なあ、夢は夢、やったやろ?」

「うん、」



ふわり、と薫る謙也の匂いが長い間を埋めるみたいに私の中に広がった。












2012.2.13